「贈与税の時効が過ぎた昔の贈与」と相続税申告

書面添付(税理士法33条の2)にどう書くか ── 争点は時効ではなく財産の帰属
作成日:2026年7月8日

想定するケース

相続税の申告準備を進める中で、次のような状況に出会うことがあります。

  • かなり前(贈与税の除斥期間が経過するほど昔)に、被相続人から相続人へ、相続人名義の定期預金をもらい受ける形の贈与があった。
  • 贈与者・受贈者の双方に贈与の認識はあるが、贈与契約書などの書面は作られていない。
  • 受贈者は、もらった資金をすぐに投資信託の購入など自分の運用に充てている。
  • これとは別に、被相続人が実質的に管理していた家族名義の預金(いわゆる名義預金)が複数あり、そちらは相続財産に計上し、書面添付にも検討状況を記載する方針である。

このとき、「時効が成立している昔の贈与」を書面添付に記載すべきか、記載するとしてどのような言い回しがよいか、が実務上の悩みどころになります。

結論

結論の要旨 書面添付に記載する方向が合理的と考えられます。ただし「時効」「除斥期間」という言葉は使わず、「贈与が成立し履行が完了しており、相続開始時点でその財産は受贈者に帰属していた(被相続人の相続財産ではない)」という事実ベースの言い回しで記載することが望ましいと考えられます。

理由はシンプルで、このケースの本当の争点は「時効が成立しているか」ではなく「贈与が成立し履行が完了していたか(名義預金ではないか)」だからです。以下で順に整理します。

争点は「時効」ではなく「贈与の成立・履行」

贈与税の賦課権(課税する権限)は、法定申告期限から6年(偽りその他不正の行為がある場合は7年)の除斥期間の経過により消滅します相続税法37条1項・4項。したがって、除斥期間が経過した昔の贈与そのものに贈与税が課されることはありません。

しかし、課税庁にはもう1つの構成が残されています。「そもそも贈与は成立していなかった。その財産は名義だけ相続人のもので、実質は被相続人に帰属し続けていた(名義預金)」という構成です。この場合、当該財産は相続財産の計上漏れとして相続税の課税対象になります。

認定贈与税相続税
贈与が有効に成立・履行済み 除斥期間の経過により課税できない相続税法37条 相続開始時点で受贈者の固有財産のため課税対象外(生前贈与加算の対象期間外である場合)
贈与は不成立(名義預金) そもそも贈与がないため課税の問題が生じない 被相続人の相続財産として課税対象(計上漏れなら過少申告加算税等の対象になり得る)

つまり、税務調査で問われるのは「時効の成否」ではなく「相続開始時点でその財産が誰に帰属していたか」です。「時効だから課税されない」という説明の仕方は、争点の立て方として的を外しているだけでなく、後述のとおり心証面でも得策ではありません。

贈与の成立と名義財産の帰属判定

契約書がなくても贈与は成立する

贈与は、あげる側の意思表示ともらう側の受諾で成立する諾成契約であり、書面は成立要件ではありません民法549条。書面によらない贈与は各当事者が解除できますが、履行の終わった部分は解除できません民法550条。預金の引渡しが済み、受贈者が現実に支配・運用しているのであれば、契約書がないこと自体は致命的ではありません。

帰属は「名義」ではなく実質で判定される

家族名義の財産が被相続人の相続財産に当たるかどうかは、名義の形式ではなく、おおむね次の要素の総合考慮で判定するのが確立した枠組みです(東京地裁平成20年10月17日判決ほか)。

  • 資金の出捐者(誰のお金が原資か)
  • 管理・運用の状況(通帳・印章・取引を誰が握っていたか)
  • 利益の帰属(利息や運用益を誰が受け取っていたか)
  • 被相続人と名義人との関係、名義となった経緯
このケースの強み 受贈者が受贈後すぐに、自分の判断でその資金を投資信託の購入に充てて運用しているという事実は、管理処分権が受贈者に移転し、贈与の履行が完了したことを示す強い証拠になります。贈与後も贈与者側が通帳・印章を握り続けていた典型的な名義預金とは、事実関係がはっきり異なります。

書面添付に記載すべきか ── 記載する場合・しない場合の比較

記載する場合

検討済みであることの証跡になる

  • 名義預金として計上した財産と、贈与済みとして計上しなかった財産の線引きの根拠(管理・運用の移転の有無)を開示できる。
  • 意見聴取(税理士法35条)の段階で説明が完結し、実地調査に至らず終わる余地が生まれる。
  • 資金移動の存在を申告段階で開示している以上、隠蔽・仮装(国税通則法68条・重加算税)の認定は極めて困難になる。仮に帰属の事実認定で敗れても過少申告加算税にとどまる可能性が高まる。
記載しない場合

「調査漏れ」か「意図的に伏せた」の二択の心証

  • 相続税調査では家族名義口座の過去の異動が金融機関照会で確認されるのが通例で、定期預金の解約と直後の投資信託購入という資金の流れは記載の有無にかかわらず高い確率で把握される
  • 多数の名義預金を検討・記載済みの添付書面で、同種の資金移動だけ触れられていないと、「財産調査が及んでいなかった」か「認識した上で伏せた」かのいずれかの心証を与え、どちらも不利に働く。
  • 「調査誘発を避けられる」という期待利益は小さく、発見された場合の下方リスクの方が大きい、非対称なリスク構造。

言い回しのポイント:「時効」とは書かない

書面添付に「時効」「除斥期間」の語を使うことはお勧めしません。理由は次のとおりです。

  • 課税権の消滅を強調する表現は「課税されるべきものを時間切れで免れた」という印象を与えかねない。
  • 結論を法的に支えるのは時効ではなく「贈与の履行により、相続開始時点で被相続人に帰属していなかった」という事実であり、時効に言及する必要自体がない。
  • 時効を持ち出すと、かえって「贈与の成立に自信がないのか」という推認を招くおそれがある。

除斥期間や生前贈与加算の整理(相続税法37条・19条の関係)は、意見聴取や調査で問われた場合に口頭で説明できるよう準備しておく、という位置づけが適切と考えられます。

記載文例

文例1:名義預金との線引きを明示する型(このケースに最も適合)
相続人等名義の預金については、原資の出捐者、管理・運用の状況、利益の帰属等を総合的に検討し、被相続人が原資を拠出し、かつ通帳・印章等を被相続人が保管・管理していたものは、名義にかかわらず被相続人の財産として課税価格に算入した。一方、〇年〇月に相続人へ移転した定期預金については、贈与当事者双方の贈与意思が確認され、移転後は受贈者自身が当該資金を投資信託の購入に充てて管理・運用してきたものであることから、贈与が有効に成立し履行済みであり、相続開始時点において被相続人に帰属する財産には当たらないと判断した。
文例2:事実列挙型
被相続人および相続人名義預金の異動状況を過去〇年分の取引明細により確認したところ、〇年〇月に被相続人から相続人に対し、同人名義の定期預金の贈与が行われている事実を確認した。当該贈与について、贈与者および受贈者双方の贈与意思を聴取により確認しており、受贈者は受贈後直ちに当該資金を自己の判断で投資信託の購入に充て、以後自ら管理・運用し、その収益も受贈者に帰属している。以上から、当該財産は贈与の履行が完了し、相続開始時点において受贈者に帰属していたものと判断し、相続財産に含めていない。

記載する前に整えておきたい裏付け資料

書面添付は税理士の調査・判断過程を開示する書面であり、虚偽の記載は懲戒処分の対象になります税理士法46条。「贈与意思を確認した」「受贈者が管理・運用してきた」と記載する以上、その裏付けを業務記録として残しておくことが守りの要になります。

  • 贈与意思に関する相続人からの聴取記録(いつ・誰から・どのような経緯で聞き取ったか)
  • 定期預金の解約から投資信託購入までの資金経路がわかる資料
  • 投資信託口座の名義と取引報告書の宛先
  • 売買の指図を実際に行っていた者、通帳・印章・取引ログイン情報の管理者
  • 贈与時点での贈与者の意思能力に疑義がないことの確認
あわせて確認しておきたいこと 贈与の時期が生前贈与加算(相続税法19条)の対象期間外であることの確認も必要です。加算期間は令和5年度税制改正で3年から7年に延長されていますが(令和6年1月1日以後の贈与から段階的に適用)、除斥期間が経過するほど古い贈与であれば通常は対象外です。また、当該贈与について相続時精算課税が選択されていた場合は、贈与税の除斥期間経過後であっても相続税の課税価格への加算は免れないため(相続税法21条の15・21条の16)、精算課税選択の有無も確認しておくべきポイントです。

まとめ

  • 争点は「時効の成否」ではなく「相続開始時点での財産の帰属」。書面添付も帰属の観点で書く。
  • 受贈後すぐの投資信託運用は、贈与の履行完了と管理処分権の移転を示す強い証拠。
  • 名義預金を計上・記載済みの申告で、同種の資金移動だけ伏せると「調査漏れ」か「意図的な除外」の心証を招く。線引きの根拠まで開示する方が、財産調査を尽くした証明になる。
  • 「時効」の語は書面には使わず、問われたときに口頭で説明できるよう準備しておく。
  • 記載内容の裏付け資料(聴取記録・資金経路・口座名義・管理者)を業務記録として保存する。
  • 記載する場合としない場合のリスクを納税者に説明し、方針への同意と経緯を記録しておく。

主要な根拠の整理

論点根拠内容
贈与税の賦課権の除斥期間 相続税法37条1項・4項 法定申告期限から6年(偽りその他不正の行為がある場合は7年)。国税一般の原則(5年・不正7年)は国税通則法70条
贈与の成立に書面は不要 民法549条 贈与は意思表示の合致で成立する諾成契約
履行済みの贈与は確定的に有効 民法550条 書面によらない贈与も、履行の終わった部分は解除できない
名義財産の帰属判定の枠組み 東京地裁平成20年10月17日判決(税務訴訟資料258号順号11053)ほか 原資の出捐者・管理運用の状況・利益の帰属・名義となった経緯等の総合考慮
生前贈与加算 相続税法19条 加算期間は令和5年度改正で3年から7年へ延長(令和6年1月1日以後の贈与から段階的適用。相続開始が令和8年12月31日までは3年)
相続時精算課税の贈与は加算対象 相続税法21条の15・21条の16 精算課税を選択した贈与は、贈与税の除斥期間経過後も相続税の課税価格に加算される
書面添付制度 税理士法33条の2 税理士が計算し、整理し、または相談に応じた事項を記載した書面を申告書に添付できる
意見聴取 税理士法35条 添付書面がある申告への調査は、調査通知前に税理士へ意見を述べる機会が与えられる
虚偽記載の懲戒 税理士法46条 添付書面への虚偽記載は懲戒処分の対象。量定基準(財務省告示)では戒告または1年以内の税理士業務の停止
加算税 国税通則法65条・68条 過少申告加算税と、隠蔽・仮装があった場合の重加算税

条文の要点

相続税法37条(贈与税についての更正、決定等の期間制限の特則)

贈与税についての更正・決定等は、法定申告期限から6年(偽りその他不正の行為により税額を免れた場合などは7年)を経過する日まで行うことができる、とする特則です。 相続税法37条1項・4項(要旨)。なお、法令データベースや実務書には改正前の旧条文番号(36条)で引用しているものが残っている点に注意

民法549条・550条(贈与)

贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる(549条)。書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない(550条)。 民法549条・550条(e-Gov法令検索)

名義財産の帰属判定(裁判例の枠組み)

被相続人以外の名義である財産が相続開始時に被相続人に帰属するものであったか否かは、当該財産又はその原資の出捐者、当該財産の管理及び運用の状況、当該財産から生ずる利益の帰属者、被相続人と名義人との関係、名義人がその名義を有することになった経緯等を総合考慮して判断するのが相当である、とする枠組みが裁判例・裁決例で繰り返し採用されています。 東京地裁平成20年10月17日判決(税務訴訟資料258号順号11053)ほか

出典リンク(原典)

条文の紹介は読みやすさのため要旨としている箇所があります。正確な全文は各原典をご確認ください。

本ページは、贈与税の除斥期間が経過した過去の贈与と相続税申告の書面添付に関する一般的な考え方を解説したものであり、特定の個人・法人・案件に関する助言ではありません。財産の帰属判定は個別の事実関係(原資、管理・運用の状況、利益の帰属等)により結論が異なり得ます。実際の適用にあたっては、根拠条文・通達・裁判例および国税庁の最新の案内をご確認のうえ、個別事情に即した検討を行ってください。